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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11337号 判決 1988年12月09日

原告

大野岐一

右訴訟代理人弁護士

中村喜三郎

被告

有限会社エスアンドジェイハイストン

右代表者代表取締役

高石浩正

被告

高石浩正

右被告ら訴訟代理人弁護士

多田武

向井惣太郎

鈴木雅芳

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告有限会社エスアンドジェイハイストン(以下「被告会社」又は「会社」という)はスポーツ用品及び衣料品の販売を目的とする会社であり、被告高石浩正(以下「被告高石」又は「高石」という)はその代表取締役である。

(二) 原告は、昭和五五年一二月被告会社に入社し、総務部長として勤務し、昭和五七年五月以降経理部長を兼務してきたものであるが、昭和六一年二月二〇日会社の廃業を理由に他の従業員とともに解雇された。

2  退職金請求権

(一) 高石は、昭和六〇年七月中旬、原告を含む幹部に対し、被告会社の営業の将来性に期待ができないので廃業したいとの方針を示し、昭和六一年一月一六日、全従業員に対し、同年二月二〇日付で廃業し従業員全員を解雇する旨を発表し、全従業員は解雇を了解した。

(二) 全従業員に対する右発表の際、高石は、会社として、退職金規程による退職金のほかに、会社の残余財産の中から加算金を支払う旨約束した。その後、右加算の退職金は、一般従業員に対しては同年二月末日、課長以上の幹部には同年三月末日に支払われることになった。

(三) 被告会社では、右規程外退職金が、一般従業員に対しては約三〇万円から一四〇万円支給されたが、営業部長に対しては一八〇〇万円、次長や課長に対しては約七三〇万円から九〇〇万円支給されたので、原告は少なくとも一五〇〇万円の規程外退職金(以下「本件退職金」という)の支給を受ける権利を有する。しかし、被告会社は、原告に対し、右金員を支払わない。

3  被告高石の責任

(一) 会社を整理して清算することも代表者の職務行為であり、被告高石は規程外退職金を支払う旨約束したにもかかわらず、原告に対してのみ悪意でこれを支払わなかった。したがって、被告高石は、被告会社の代表者として、職務を行うにつき悪意で原告に対し右退職金相当額の損害を与えたから、有限会社法三〇条の三に基づき損害賠償責任がある。

(二) 原告が被告会社に対し規程外退職金を受ける権利を有していたにもかかわらず、被告高石は、原告に対し、正当の理由がなくこれを支払わないから、原告の権利を故意で違法に侵害し、右退職金相当額の損害を加えた。したがって、被告高石は、原告に対し、民法七〇九条の不法行為に基づき損害賠償責任がある。

(三) 仮に規程外退職金支給が職務行為に属さないとしても、被告高石は、会社の代表者として、原告に対し、右のような損害を与えたのであるから、民法四四条二項に基づき損害賠償責任がある。

よって、原告は、被告らに対し、被告会社については退職金請求権に基づき、被告高石については有限会社法三〇条の三、民法七〇九条又は同法四四条二項に基づき、連帯して一五〇〇万円及びこれに対する支払日の翌日である昭和六一年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認める。同1(二)のうち、原告が昭和六一年二月二〇日会社の廃業を理由に解雇されたことは否認するが、その余は認める。

2  同2(一)の事実は認める。同2(二)は争う。同2(三)のうち、一般従業員に対し規程退職金のほかにも退職金が支払われたこと、営業部長に対しては規程外に一八〇〇万円が支払われたこと、被告会社が原告に対し本件退職金を支払わないことは認めるが、その余は争う。

3  同3(一)ないし(三)は争う。

三  被告らの主張

1  被告会社は、昭和六一年二月五日、次の理由で原告を懲戒解雇したものであるから、原告が本件退職金の支給を受ける権利はない。

(一) 原告の出勤状況の不良

原告は、昭和六〇年一〇月ころから、タイムカードの上で、直行(出社に際して自宅から直接取引先等へ赴くこと)、直帰(退社に際して取引先等から直接帰宅すること)制度を多用し、しかもその多くが虚偽の記載で外出先が不明であったため、出社しているのか、退社したのかが不明のことが多かった。そして昭和六一年一月一〇日以降は無断欠勤が多くなり、特に同月二一日以降は無断欠勤が続いた。

(二) 佐藤商事との保証金返還交渉についての原告の怠慢

被告会社は、渋谷店店舗を佐藤商事株式会社から賃借し、保証金約三億円を預託していたが、被告会社が廃業するため賃貸借契約を終了させて、保証金の返還を受けることになった。その返還については、右契約で、借主が期間満了(昭和六一年九月一日)前に中途解約するときは保証金の一割を減額する、契約が満期で終了するときは減額はない、保証金の返還は建物明渡日より六カ月後とするとされていた。被告会社では、廃業に当たり、契約が中途解約でも保証金全額の返還を受けることと、その返還時期については廃業と同時か接着した時期にすることを強く希望していた。その交渉は、被告会社の廃業にとって重要な意味を持っていたが、原告の申し出により、昭和六〇年一〇月原告に担当させることに決定した。高石は、原告に対し、できるだけ早く交渉を開始し、その経過を報告するよう指示した。

しかし、原告は昭和六一年一月になるまで佐藤商事と交渉せず、交渉経過を被告会社に報告することもしなかった。もっとも、原告は、高石に対し、「自分に任せてほしい」と話していたので、被告会社は、同年二月二〇日に廃業することとし、そのことを同年一月一六日に発表したのである。ところが、原告の交渉が遅れた上、佐藤商事を怒らせて原告は交渉から手を引く結果となり、佐藤商事から全額返還の承諾が得られなかった。被告会社は、佐藤商事が全額返還に応じないことが、早期にわかっていれば、契約を期間満了まで続けることができたのであり、その方が一カ月の賃料約三五〇万円の六カ月分合計約二一〇〇万円の負担で済んだから、保証金の一割(約三〇〇〇万円)を減額されるより約九〇〇万円の利益となった。しかし、原告の交渉が遅れ、かつ、交渉経過の報告が遅れたため、被告会社は同額の損害を被ったといえる。

(三) 従業員の退職にともなう業務についての原告の職務怠慢

原告は総務部長として、失業保険給付に関する説明や、従業員の再就職の斡旋をすべきであった。しかし、原告が従業員に対し失業保険給付に関する説明をしなかったので、親会社である株式会社タカイシの内藤総務部長が説明会の開催を準備した。また、原告は、従業員の再就職の斡旋活動についてもこれを全くしなかった。

(四) 日常業務についての原告の職務怠慢

原告は、総務部長兼経理部長であったから、従業員の士気を高め、人事を統括すべきであったにもかかわらず、従業員に対し士気を喪失させるような言動があった。次に、被告会社の繁忙期に、他の従業員が多忙でも手伝おうともしなかった。また、出社していても、長電話をするか新聞を読んでいることが多かった。したがって、原告は従業員の信望を失い、反感を買うようになった。

(五) 診断書の不提出

被告高石は、原告から、昭和六〇年一一月下旬ころ、原告の妻がガンであることを聞いたが、その後、前記のとおり原告の勤務状況が著しく悪くなってきたため、原告の妻の病状を確認したうえで適切な対応策をとるため、原告に対し妻の診断書の提出を求めた。しかし、原告は、診断書の提出を拒み続けた。原告が診断書を提出して、妻の病状を確認できていれば、被告高石は原告の勤務不良や職務怠慢を責めることなく、より寛大に原告に対処できたはずである。

(六) 原告に対する懲戒解雇

原告の出勤不良(右(一))は、被告会社の就業規則四〇条一号(本就業規則にしばしば違反するとき)、三号(出勤常ならず業務に熱心でないとき)及び六号(正当な理由なく無断欠勤したとき)の制裁事由に該当し、佐藤商事との交渉の件以下の行為(右(二)ないし(五))は、同規則四〇条一号、三号、一一号(業務上の指揮命令に違反したとき)及び一二号(前各号に準ずる不都合の行為をしたとき)の制裁事由に該当する。そこで、被告会社は、就業規則四一条五号に基づき、昭和六一年二月五日、高石の口頭による通告をもって、原告に対し懲戒解雇の意志表示をした。

2  仮に右懲戒解雇の事実が認められないとしても、原告には規程退職金以外の本件退職金を請求する権利はない。すなわち、本件退職金は被告会社の退職金規程八条の退職慰労金であるところ、被告高石は、従業員全員に退職慰労金を支払う旨約束したものではなく、被告会社の退職金規程八条の趣旨から、在職中に勤務成績が優秀であった者及び特に功労のあった者に対しこれを支払う旨約束したものであり、本件退職金は功労報償の性格を持つ退職慰労金である。しかるに、原告には前項のとおり数々の職務怠慢があり、退職慰労金の支給対象者には到底なりえないから、被告会社は原告に対し本件退職金を支払わないこととしたものである。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1の冒頭部分及び同1(一)の事実は否認する。

2  同1(二)は争う。原告は、昭和六一年一月二三日ないし二五日、佐藤商事と賃貸借契約の解約について交渉した。

3  同1(三)のうち、原告が総務部長であることは認めるが、その余は否認する。原告は、失業保険給付について、朝礼でも説明し、説明会も開催した。また、従業員の再就職の斡旋活動についても原告のできるだけのことはした。

4  同1(四)のうち、原告が総務部長兼経理部長であったことは認めるが、その余は否認する。

5  同1(五)は争う。

6  同1(六)のうち、原告が高石から昭和六一年二月五日懲戒解雇を通告されたことは否認し、その余は争う。

7  同2は争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(一)(被告の地位)の事実は当事者間に争いがない。同1(二)(原告の地位)の事実は、原告が昭和六一年二月二〇日会社の廃業を理由に解雇されたことを除き、当事者間に争いがない。

二  被告会社が廃業に際し従業員に対し退職金規程のほかに退職金を支払う旨約束したかどうかにつき検討する。

高石が、昭和六〇年七月中旬、原告を含む幹部に対し被告会社の営業の将来性に期待が持てないので廃業したいとの方針を示し、昭和六一年一月一六日、全従業員に対し同年二月二〇日付で廃業し従業員全員を解雇する旨発表し、全従業員は解雇を了解したこと、一般従業員に対し規程の退職金のほかにも退職金が支払われたこと、営業部長に対しては規程外の退職金として一八〇〇万円が支払われたことは当事者間に争いがない。

被告会社代表者兼被告高石本人の尋問の結果及び(証拠略)によれば、高石は、昭和六一年一月一六日、全従業員に対し被告会社の廃業を発表した際、退職金規程による退職金のほかに割増金を功労のあった者に支払う旨約束したこと、そのときには金額や算定基準は何ら決まっていなかったが、被告会社は同年二月二六日その金額を決定したこと、原告に対してはこれを支給しないこととし、金額も決めなかったこと、次長や課長に対しては五〇〇万円から八〇〇万円の規程外退職金を支給することに決定し、これを支給したことが認められる。

三  被告らは、原告が懲戒解雇されたと主張するところ、本件退職金の性格はさておき、その懲戒解雇が有効と認められれば、原告は規程外退職金請求権を有しない(被告会社退職金規程六条参照)ので、原告に対する懲戒解雇につき判断する。

1  (証拠略)及び被告会社代表者兼被告高石本人尋問の各結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  被告会社の従業員は約三〇名であったが、上平泰好営業部長以外は、出退勤に際しタイムカードに打刻することが義務づけられていた。被告会社では、必要があれば、直行(出社に際して自宅から直接取引先等に行くこと)、直帰(退社に際して取引先等から直接帰宅すること)が認められていたが、それらの場合には上司に対する報告義務があって、所在を明らかにしておかなければならないし、遅くとも翌日にはタイムカードに記載する必要があり、また直帰の場合は行き先を書くのが原則であった。しかし、原告は、昭和六〇年一〇月下旬から直行直帰制度、とりわけ直帰を利用することが多くなり、しかも行き先を明らかにしなかったり、それを明らかにしていても、主な行き先である渋谷店にはあまり行っておらず、所在不明のことが多かった。さらに昭和六一年一月一〇日以降は無断欠勤が極めて多くなった。もっとも被告会社では、慣例として原告に対し毎月皆勤手当を支給していた。

(二)  被告会社は、佐藤商事から渋谷八番館ビルの一部を賃借して渋谷店の店舗に使用し保証金約三億円を預託していたが、今回の契約期間は昭和六一年九月一日満了であった。右契約では、保証金の返還については、借主が期間満了前に中途解約するときは保証金の一割を減額する、契約が満期で終了するときは減額はない、保証金の返還は建物明渡日より六カ月後とするとされていた。被告会社では、規程外退職金の財源にこの保証金を充てようと考えたため、中途解約でも全額を明渡時に返還されることを強く望んでいた。昭和六〇年一〇月ころの幹部会で、原告が佐藤商事との交渉に当たることを強く希望したため、高石は原告にその交渉を任せた。ところが原告は交渉の経過を全く報告しなかったので、高石は原告に対し報告を求めたが、原告は自分に任せておけという態度だった。そこで高石は、保証金は全額返還されるものと思って、同年一一月中には、被告会社を昭和六一年二月に廃業させることに決定した。昭和六〇年一一月の時点で原告から報告を受け全額返還が難しいと聞いていれば、廃業時期を遅らせることもできたが、原告は交渉もしていなかったし、報告もしなかった。

その後原告は佐藤商事と交渉したが、交渉開始が遅れた上、はかどらないので、昭和六一年一月末から上平営業部長が交渉したものの、契約どおり保証金は一割減額とされた。佐藤商事が全額返還に応じないということが早くからわかっていれば、被告会社は契約を期間満了まで続けることができたのであり、その方が一カ月の賃料約三五〇万円の六カ月分(昭和六一年三月以降の分)合計約二一〇〇万円の負担で済んだから、保証金の一割(約三〇〇〇万円)を減額されるより約九〇〇万円得であった。しかし、高石の指示に反し、原告の交渉開始が遅く、かつ、交渉経過の報告が遅かったため、被告は同額の損害を被った。

(三)  失業保険給付の説明などの職務は、総務部の担当であり、総務部長である原告がすべきであったが、原告がこれをほとんど怠っていたので、株式会社タカイシの内藤総務部長が従業員への説明会を準備し、昭和六一年二月七日に開催した。説明会の準備については原告は飯田橋公共職業安定所の給付課長に電話連絡をしただけだった。

また、原告は、総務部長として従業員の再就職の斡旋活動をすべきであったが、これをほとんどやらず、もっぱら上平営業部長がその活動をした。上平が一二名の従業員の再就職先を斡旋したのに対し、原告が斡旋したのは〇名だった。

(四)  被告会社では、毎年六月から八月の間と一一月から翌年一月の間が繁忙期であったが、原告は他の従業員が多忙でも販売を手伝おうとしなかった。

(五)  被告高石は、原告から、昭和六〇年一一月下旬ころ、原告の妻がガンであると聞いたが、その後原告の勤務状況が著しく悪くなってきたので、昭和六一年一月上旬ころ、原告の妻の病状を確認した上で適切な対応策をとるため、原告に対し妻の診断書の提出を求めた。しかし原告は、妻本人に病名を知られたくなかったことなどからその提出を拒んだ。同年二月四日、高石が原告の自宅に電話して、妻の病状を尋ねると、原告は、妻がそばにいたため、妻は原告のそばで元気にしている旨答えたため、高石は原告がこれまで嘘をついていたと思い、翌日原告を株式会社タカイシに呼んだ。

(六)  同月五日、高石と原告は株式会社タカイシの二階で会い、その際内藤部長も同席した。高石は、原告の妻の病状を尋ねたが、原告は何も言わなかった。また高石は、佐藤商事との交渉の件などについても尋ねたが、原告はほとんど答えなかった。そこで高石は、佐藤商事との交渉の怠慢、勤務態度不良、妻の診断書の提出拒否などを理由として、原告に対し口頭で懲戒解雇を通告した。

(七)  原告の解雇後、原告が担当していた仕事は内藤部長や被告会社の上平部長、高橋経理課長が引き継いだ。原告の解雇後の手続は内藤部長が担当し、原告の再就職のことなどを配慮し、形式的には懲戒解雇扱いとはせず、昭和六一年二月二〇日退職とし、同日までの賃金を支払い、規程の退職金も支払った。

以上の事実が認められ、原告本人尋問(第一、二回)の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  被告会社の就業規則によれば、社員は出社の際本人自ら出勤カードを打刻すること(二八条二号)、遅刻・早退の場合には所属長に届け出て承認を受けること、私用外出する場合には所属長の許可を得ること(二九条)、欠勤する場合は原則として事前に申し出ること(三〇条一項)、勤務時間中はみだりに職場を離れないこと(三二条一一号)とされており、前項(一)の出勤不良は、就業規則四〇条一号の「本就業規則にしばしば違反するとき」)右二八条二号、二九条、三〇条一項及び三二条一一号違反)、四〇条三号の「出勤常ならず業務に熱心でないとき」、同条六号の「正当な理由なく無断欠勤したとき」の各制裁事由に該当する。また就業規則によれば、社員は業務上の指示命令に従い自己の業務に専念し作業能率の向上に努力すると共に互いに協力し職場の秩序を維持しなければならない(三一条)とされており、前項(二)の佐藤商事との交渉についての怠慢は、就業規則四〇条一号(右三一条違反)、四〇条一一号の「業務上の指揮命令に違反したとき」の各制裁事由に該当する。次に前項(三)の従業員の退職にともなう業務についての怠慢及び前項(四)の日常業務についての怠慢は、いずれも就業規則四〇条一号(三一条違反)及び四〇条三号の各制裁事由に該当する。

なお前項(五)の診断書の不提出について検討するに、原告が診断書を提出して、高石が原告の妻の病状を確認できていれば、高石は原告の勤務不良や職務怠慢等に対し適切に対処できたであろうし、より寛大に原告に接することができたであろうと思われるから、原告としては、指示どおり診断書を提出すべきであった。したがって、この診断書不提出は、就業規則四〇条一号(三一条違反)及び同条一一号の各制裁事由に該当する。もっとも、前記認定事実によれば、原告が妻本人に病名を知られたくなかったことが診断書の提出拒否につながったり、昭和六一年二月四日の電話の際は、原告の妻が電話のそばにいたので、原告は高石に対し妻は元気であると答えざるをえず、高石の誤解を招いたと思われるから、原告に同情すべき余地がないわけではない。

しかしながら、仮に右診断書不提出行為を除外しても、前記認定の原告の出勤不良、佐藤商事との交渉についての怠慢、従業員の退職にともなう職務怠慢及び日常業務についての職務怠慢は、前記のとおり被告会社の就業規則四〇条の前掲各号に該当する上、右各行為の内容、程度、前記認定の事実経過等に照らすと、原告に対する懲戒解雇は相当と認められる。

したがって、原告は本件規程外退職金を請求することはできない。

四  本件退職金の性格について付言する。

(証拠略)及び被告会社代表者兼被告高石本人尋問の結果を総合すれば、被告会社は、本件の規程外退職金については退職金規程八条に基づいて退職慰労金として支給したものであることが認められる。なお、同条では、「在職中に勤務成績が優秀であった役職者及び特に功労のあった役職者に対しては重役会の審議を経て慰労金を支給する」とされているところ、本件の規程外退職金は右の退職慰労金か、そうでないとしても、右の慰労金に準じた功労金的な退職金であるものと考えられる。そうすると、原告には前記のとおり懲戒解雇相当事由があり、そのため被告会社は原告に対し本件退職金を支給しないことに決定したのであるから、仮に原告に対する懲戒解雇通告がなかったとしても、原告に対する不支給の決定は相当であり、原告には本件退職金の請求権はない。

五  被告高石に対する請求について。

原告は、被告高石に対し、有限会社法三〇条の三、民法七〇九条又は同法四四条二項に基づき損害賠償を請求しているが、いずれも原告が被告会社に対し本件退職金の請求権を有することを前提として、原告がその退職金相当額の損害を負ったと主張しているところ、右のとおり原告には本件退職金請求権は認められないから、原告の被告高石に対する請求は、いずれも失当である。

六  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新堀亮一)

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